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そこは、
Fさんが 子供の頃に父親とよく釣りに来たという木曽の沢。
まだ薄暗い夏の夜明け前、スーパーカブで自宅を出発し、
ガタゴトの林道を父の背中にしがみつき沢へ向かう。
まだ眠いが、父はいつも「遅くなると他の釣り人が来る。先行するためには夜明け前の出発だ」
と言うので、僕もフトンから飛び出してきた。
僕も釣りが楽しくなってきた時期で、釣りに行く日の前日は、夕方になると 父と一緒に自宅近くの沢に 釣り餌となるヒラタ(カゲロウの幼虫)を採りに行ったものだ。
夜が明ける頃沢に着くと、父はまず持ってきたウイスキーを必ず呑む。
大人ってなんでこんなに酒を飲むのだろう。
子供の僕にはよく分からなかった。
延べ竿の先端に釣り糸を結び延ばし、釣り針にヒラタを刺したら釣りの準備ができた。
父は知らぬ間にもう釣り糸を垂らしている。
僕も大きな岩魚を釣るぞ。
父の背中を追いかけながら沢を釣りあがる。
父の腰にぶら下がっているいつも熊よけに持ってきているラジオからは、ロサンゼルスオリンピックで躍動しているカール・ルイスを伝えるアナウンサーの声が響いている。
オリンピックで金メダル、すごいな~
あっ、今 釣り糸が引っ張られて竿がびくってしたのに釣れなかったー
知らぬ間に、父のビク(魚籠)には大きな岩魚が何匹も跳ねていた。
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父は木曽の餌釣り名人。帝王。
いつもビクいっぱいの岩魚を釣り、それを持ち帰ると母が佃煮にしてくれた。
僕はその佃煮が大好物だった。
この岩魚は、あの時僕が釣り逃した子孫であろうか。
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正午前、いつもの場所まで来ると昼飯を食べて竿をしまって釣りは終わり。
ここから林道に戻れる道があるからだ。
それに、午後になると木曽の山に雲がわき、天気が崩れると父は言う。
いつもの踏み後を辿ってカブまで戻り、自宅に帰ってくるのはだいたい14時。
父は釣ってきた岩魚を捌いていたが、僕はいつも昼寝していたっけ。
今度行く時は、いつも父と昼飯を食べたその先にも岩魚が居るのか、
その先はどうなっているのか。。。
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・・・っと、前置きが長くなりましたが、
今回の調査で林道を歩きながら、
その昼飯ポイントまでの間にFさんから聞いたのはこんな話だったような。
‘‘Fさんの おもひで沢‘‘、その先にも流れは続き、
渓相は穏やかになるものの、木曽の岩魚達はずっと奥まで棲んでいました。
Fさん、ツキイチ調査8月分 お疲れさまでした。
Fさんの話を聞きながら、私も勝手に懐かしかったですよ。(笑)
当時の想い出の続きを、現代に確かめることができて良かったです。
私も今度岩魚が釣れたら、持ち帰って佃煮にしてみようかな。(笑)
この調査は、魚を釣ることを目的としない。
その沢の、その先がどうなっているのか自分達の目で確かめたい。
ただそれだけ。
ツキイチ調査 令和4年8月分、「Fさんの おもひで沢」
-完-